出典元:鳥山明『ドラゴンボール』(集英社)
日本で生まれた一つの漫画。
世界を動かすほどの影響力を持った鳥山明先生が生み出した伝説的作品「ドラゴンボール」。
その誕生と成長のエピソードと原点とはなんなのか?
ドラゴンボールとは
出典元:鳥山明『ドラゴンボール』(集英社)
むかしむかしのこと都から数千公里も彼方のある山奥・・・
この奇想天外な物語はとりあえずそんなところからはじまります・・・
©巻一冒頭
7つ集めると願いが叶うというドラゴンボールを求め、孫悟空とブルマが旅に出発するという話からスタートします。
少年時代から青年期、そしておじいちゃんになるまでの全519話になる孫悟空の大冒険になります。
物語の内容として6つのパートに分かれています。
- 孫悟空少年編 1984年wj51号〜1987年wj34号 其之一〜其之百三十四
- ピッコロ大魔王編 1987年wj35号〜1988年wj44号 其之百三十五〜其之百九十四
- サイヤ人編 1988年wj45号〜1989年wj43号 其之百九十五〜其之二百四十三
- フリーザ編 1989年wj44号〜1991年wj28号 其之二百四十四〜其之三百二十九
- 人造人間・セル編 1991年wj29号〜1993年wj21・22合併号 其之三百三十〜其四百二十
- 魔人ブウ編 1993年wj23号〜1995年wj25号 其乃四百二十一〜其之五百十九
ドラゴンボール連載前
鳥山明先生初の連載作品「Dr.スランプ」は1980年に開始し、アニメ化を経て日本中に「アラレちゃんブーム」を巻き起こしていました。
しかし連載150回を数えた83年頃から別の漫画を描きたいという気持ちが鳥山明先生の中で芽生えてきたとのこと。
1話完結のギャグものである「Dr.スランプ」は新しい話とオチを考えるのがとても大変で苦労していたという話です。
次回はストーリーものにしようという考えもあったそうです。
鳥山明先生はジャッキーチェンが出演する映画「酔拳」を100回以上は見たというエピソードが残っているほどカンフー映画が好きだそうで当時の担当編集である鳥嶋さんの勧めで83年にドラゴンボールの原点となる読み切り「騎竜少年」を発表。
それが好評だったということからカンフーものでの新連載の構想を徐々に練り始めていったということだそうです。
相談を重ねて「3ヶ月後に新連載を始めるなら」という条件を鳥嶋さんに出してもらい、「西遊記」をを元にしたカンフーものにすることを決定。
84年5月に取材を兼ねて中国に行きプライベート旅行をし、翌月に新作の構想を提出したそうです。
そして84年8月に「Dr.スランプ」が終了。
鳥山先生は子供の頃に胸を躍らせた少年漫画のような冒険者が描きたいと言う思いがあったそうです。
第一稿は「西遊記」のイメージのまま。第二稿はキャラクターのビジュアルが固まって、アラレちゃんがハデだったので悟空は脇役のような目立たない感じにしたかったと言います。これは驚きです。
準備稿は舞台設定を試行錯誤していたと言うことで女の子の名前も「ピンチ」となっていたそうです。
ヘアースタイルと尻尾と性格だけで特徴を出そうとし、7つのドラゴンボールを集めるという大筋が決定する。
「Dr.スランプ」終了から3ヶ月後の84年11月、ドラゴンボールがスタートするのです。
ドラゴンボール連載の時代(初期からピッコロ大魔王編)
ドラゴンボールが連載されるもその船出は順風満帆ではなく、少年ジャンプお馴染みの読者アンケートではまさかの15位になることもあったそうです。
先生は前作の経験からバトル要素がある話は人気が出ると知っていたのだが、闘いの描写を増やすことに抵抗があったといいます。
本人曰く「自分はあまのじゃくの性格、すぐにバトルの方にいくのがどうにも癪にさわる」という理由だそうです。
担当の鳥嶋さんには「主人公が地味だから人気がない」と言われ、その言葉にカチンときたということ。
そこから生まれたのが天下一武道会だったそうです。
出典元:鳥山明『ドラゴンボール』(集英社)
再登場させた亀仙人の下で修行を行い、バトルトーナメント形式の天下一武道会が始まると少年たちの心を掴んだのかぐんぐんと人気が上昇。
天下一武道会では誰が勝つかのかを決めていなかったという話。
最初の大会優勝はやはり主人公の悟空だろうと鳥山先生もイメージをしていたが、誰が優勝するかを読者にアンケートを取った所やはり悟空が一位を習得。そこであまのじゃくの先生は「みんなの思い通りにはしたくない」という悟空がいかに優勝できないようにするのかアイディアを必死考えたという。
その結果読者の予想がつかないハラハラさせる展開が生まれ、その後のレッドリボン軍との闘いではまた違うん見せ方で次から次へと現れる強敵と闘う展開になります。
先生が当時プレイしていたという「スパルタンX」というファミコンゲームの影響もあったそうです。
これも映画でジャッキーチェンが出ています。先生のカンフー好きは本物です。
そして今までの敵とは違い真の悪役として登場した孫悟空少年編のラスボスピッコロ大魔王。
読者人気も凄まじく先生自身「一番描いていて面白かった」と言うほどのストーリーとなったそうです。
当初は
ドラゴンボールを7つ集めたら終わらせようと思っていたと言います。
しかし地味な展開からバトルにチェンジして読者人気が加速。
ここからドラゴンボールは30年以上今現在でも子供から大人まで人気のメジャーコンテンツになっていくのです。
正直初期で終わらなくて本当に良かったと感じます。
プレッシャーとの闘いが続いていく鳥山明先生
本格的に悪くとても強いキャラを描くのはピッコロ大魔王が初めてだったと言うことでとても新鮮だったと言われています。
しかしピッコロ編がクライマックに近づくに連れ、「次の敵はピッコロを上回らなければならい」とこの時からプレッシャーを感じていたそうです。
ここから数年後には息子のマジュニアやサイヤ人編、フリーザ編、人造人間・セル編、魔人ブウ編と続いていくので次また強い敵を考えなければならないというプレッシャーは先生にしか分からないことだったんだと思います。
まとめ
大人気連載中だった「Dr.スランプ」を辞める経緯からドラゴンボールの誕生、初期の地味な物語からバトル漫画にチェンジし読者人気が大爆発すると言う過程を書かせてもらいました。バトル漫画はドラゴンボールがNo. 1です。
以上ドラゴンボールの原点、という話題でした。
あとがき
ドラゴンボールが数ある漫画やアニメ、映画等で一番好きです。
男はやはりバトルが好きだと。
映画でもアクション系をよく見ます。
ジャッキーチェンやダニエルクレイグ、ドウェインジョンソン等の闘いは好きです。
アマゾンプライムやネットフリックスで見るのが最近の楽しみでもあります。
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